バンドの男

岡田・・・十代から二十代前半にかけて、夢中になって追いかけたアマチュアバンドのギタリスト。時代はバンドブームの真っ只中。岡田の彫刻のような横顔はジョーペリーみたいと女の子達がこぞって岡田に言ってはご機嫌を取っていた。

今思うと分かるけど、バンドって人気商売だから言葉巧みにして恋仕掛けにして客・・・じゃなかった”ファン”を引っ張る。水商売と同じ手法。私も彼の手法に簡単に落ちた。
「レイコちゃんが見てくれないと寂しいよ」
「レイコちゃんは俺の一番のファンだから」
「いつもライブに来てくれてありがとう。皆勤賞あげちゃう」
「レイコちゃんとは本当に音楽の趣味が一緒だから話してても面白いよ」

たまにチケットを事前に渡すという名目で二人っきりで会える時があって、すっごく嬉しかった。

岡田は地方からメジャー目指して上京してきた。バンド活動を中心の生活はバイトしか就けず、彼はいつも金欠状態。何気に会話の端端でそれを言う。岡田より三才年下の私は都内の大手企業のOLしていたから彼よりもお金はある。だから二人で会う時はいつも奢っていた。

彼の為にお金を使うのも喜びの一つだった。路上のアクセサリー屋で彼の欲しいアクセサリーを買い、その代わりに私は彼のお古を貰う。彼からギターを買い取って上げた事もあった。エフェクターのマシーンを売りたいと言われた時は、さすがに私のギターレベルでは手におえない品なので断わった。

会社の同期やコンパなどの飲み会は割り勘と言っても女の子達は男性よりも安い値段を設定してくれいた。飲む量も食べる量も違うからという心使いから。あと男女の収入の差もあるからかな。当時はそれは当たり前って思ってた。

でもバンドの世界に戻るとそれは無くなる。打ち上げで一緒に飲んでも、全員割り勘。男も女も関係無い。バンドの彼らは世間では男女に支払いの差がある状況を知らないと思う。

ある日、岡田のライブの帰りに友達カップルと一緒に帰った。友達カップルの彼氏は岡田と一緒にバンドを組んだこともあって仲が良い。その彼氏が何気に言った「岡田からエフェクター買った？ レイコちゃんは何でも買ってくれるから中古に出す前に聞くって言ってたんだけどな」。一瞬頭の中が真っ白になった。自分でも分かってたけど鴨にされてたと。彼女の方が「岡田！ムカツク！」と私より先に怒ってくれたので、なんか私は横で苦笑するしかなかった。

その後、岡田のファンの子にギターを買った半値で売った。「せっかく買ったけど使わないから、誰が使う子を紹介して」と言って。それから岡田のライブは行かなくなった。

渡米して何年か経った。

男は奢られた女には興味がない。男は女の前ではとことん格好つけるものなのだ。プライド捨てさせた女には、何でもあり。けど岡田は私みたいな女は絶対抱かない。余計狂うのを知っていたから。今思えばそれが救い。

何でか分かんないけど岡田の名前を検索したら、彼のバンドのHPに辿り着いた。

まだバンドしてたんだ。

久しぶりに見る岡田は三十半ばだが、きちんと髪の毛があってそれなりに若く見えた。

バンドの曲を試聴してみた。アマチュアの音だなって正直思った。

でも何となく・・・やっぱり私は毎日、岡田の日記に通う。